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2018年7月13日 (金)

気付かない人を観察する

バスで入口に突っ立ったままの人を見た。
入口付近は邪魔になるからもっと奥に詰めればいいのにと思った。
そこで考えた。
なんで奥に詰めないのだろうか。
まずは
そのことによって生ずる他への影響が考えられないのかもしれない。
想像力が働かない。
でもそれは目の前の事をその人なりに生きているとも言える。
仮に目の前に迷惑そうに立っている人がいたとしても、
気付かないから行動出来ない。
行動の原動力って気付かであって、
それがないと改めようともしないよな。
仏教の発心と同じだ。
無上意を起こさん。
でも、その人はまだ気付かなくて、周囲の人が迷惑してたとしても、動かない。
周りの気付いている人がそれをみて、どけばいいのにとか思う。
なぜ動かないんだと不快に思ったりもする。
それをさらに考えていくとやがて気付かないんだな、かわいそうになあ、と思う。
こんな気持ちが慈悲なのかなー。
分からないけど。
会社でもどこでもそうだけど、信じられないような言動をする人がいる。
でもそれはそのことによりどのような影響が出るかを考えられない、
想像力が働かないから出来ることだ。
昨日ケンカについても考えてたけど、
結局ケンカにもならないから引いた方が利口なんだ。
ここでまたあいつの主張が通ってしまったとか地団駄踏んでもしょうがない。
不毛な戦いに突入するだけだ。
無間地獄。
同じところに気付けるのならまだいい。戦いも必要だろう。
だけどステージが違うのなら好きにさせとけばいい。
迷惑も一時だけ。
周りもちゃんと見ているから、やがて人は離れていく。
一人になれば何も出来ない。
その場はうまく取り繕い乗り切ったと見えて、うまくやってるなんて思っても、
そのような人はどこかで歪みが来ている。
関係ないところでそれは出るのかもしれない。
報いは必ず受ける。
そうなるように出来ている。

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